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sifue's blog

プログラマな二児の父の日常

信頼関係を築ける人と築けない人。

自分自身が「信頼」や「本気」という心の力の重要性に深く気づかされたのは、リンクアンドモチベーションという会社でインターンをした時のことでした。しかし今回は、世の中には「信頼」という概念を持たず「信頼関係を築かない(築けない)」という人もいるという事を書こうと思います。
自分が尊敬しているGMOの社長、熊谷さんの本にも「人に感謝できない人は、利害でしか人とつきあえない」という事がかかれていますが。これは、世の中には「信頼関係を築かず利害だけでつきあう人」がいることを暗に指していると思います。
まず最初に「信頼関係が築ける」とはなんでしょうか。
これは「信頼関係の築けない自動販売機」と、「信頼関係を築ける駄菓子屋のおばちゃん」に例えて違いを説明する事ができます。

  • ジュースの自動販売機は、お金を入れてボタンを押すと欲しいジュースが出てきます。おつりも戻ってきます。
  • 駄菓子屋のおばちゃんは、欲しいジュースを言い、おばちゃんがレジを打ってジュースを売ってくれます。

結果的な役割では両者は変わりませんが、駄菓子屋のおばちゃんの方が会話を行わなくてはならず時間もかかります。さて、今度は以下のような状況があったとしましょう。

  1. 喉が渇いているが財布を忘れてお金が払えない場合
  2. 欲しいジュースが無かった場合
  3. その他のトラブルが生じた場合

もしこのような時に、駄菓子屋のおばちゃんと信頼関係を築いていたらどうなるでしょうか。1の場合なら、次回返すと言うことでツケにしてもらえる可能性があります。2の場合は、代用品や他店を薦めてもらったり、次回入荷をしてもらえたりするでしょう。もちろんその他のトラブルにも対応してもらえます。要するに信頼関係を元に融通が効くのです。
一方、自動販売機ではどうでしょう。1や2の場合には絶対自身の乾きは満たされず、特に3番としてあげられるつり切れや故障、売り切れには全く対応してくれません。つまり、利害が一致する売買にしか応答ぜず、融通が効かないのです
要するにこれが深い信頼関係を築けるものとそうでないものの違いです。日本は法律によって、とても淡い信頼関係が社会一般に築かれています。盗難のために中国では自動販売機が置けないのは、この差のためだと言えます。しかし、この淡い信頼関係が維持されている分、深い信頼関係を築かずとも一生を生きていける社会が、この日本なのです。
この日本という国では、一切のコミュニケーションを拒否しても社会で生きてゆけるほどシステムが確立しています。ネットでコミュニケーションを取らなくて良い日雇いバイトを応募し、コンビニでものを買って生活すればこの典型と言えるでしょう。
そしてこのような深い信頼を必要としない社会では、信頼関係はなく利害関係だけで付き合うことを良しとする人も自然と多く現れてきます。それは信頼よりも利害関係の方がより合理的である場合が多く、高度な資本主義の社会ではそれは至極当然と言えるからです。
人間は、信頼や本気という心の力の活用によって、ものすごい力を発揮し、楽しく働くことができます。しかしそれを要求せず、極めて合理的に生きていけるのが今の社会なのです。よって、人間関係を構築する際にはこの部分を見極めなくてはいけません。
信頼という概念を持たぬ人を過度に信頼してもその人を困惑させるだけです。逆に利害よりも最終的に信頼関係を重視する人に、利害関係のみの付き合いを強いるもの酷な話と言えます。
つまり重要なのはその人をよく感じ、最終的に利害関係を重視するのか信頼関係を重視するのか見極めてから深い関係を持つことなのです。もしかしたらこれが今後の社会における正しい関係の模索法持ち方なのかもしれません。
ちなみに自分は信頼関係重視型です。その方がより楽しく働いていけると思っているからです。しかし、利害や合理を中心に生きていく事も否定はできないなと思っています。

ちなみに今日は虹が見れました。しかもBlogを短くすると言った次の日にこのBlogです。ひどいなぁ自分(苦笑)