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sifue's blog

プログラマな二児の父の日常

イタイ人。

いわゆる「イタイ奴」「イタイ娘」というのが、どういう人かは大体イメージが沸くんじゃないかと思います。どのグループにもクラスにも団体にも組織にも大抵いますよね。そして自分自身がそうである事は避けたい。

ちなみにここでは「浮いている人」と「イタイ人」は区別して考えます。浮いていてもちゃんとした人もいるからです。

文化や趣向が大きく違う人も「イタイ人」ではないとします。こういう定義だと、異文化を持った人は全員「イタイ人」になってしまいます。ただ、例えばあるグループに溶け込もうとしているのに全く溶け込めていない人、これは結構「イタイ人」と言えるのではないでしょうか。

自分は「イタイ人」を端的な言葉で表すと、

「言っていること」もしく「当人が目的とする事」と、「やっている事」が全くかみ合わず、さらに自身でその事態に気付けない人

これが真の意味で「イタイ人」と言えるのではないかと思っています。要するに、その人は奮闘しているが実際は空回りしていて、他人は異様に感じてしまう、すると「イタイ人」と感じられるわけです。

他人にかみ合っていないと思われて初めて、その人は「イタイ人」になります。この「イタイ人」は自分の周りの人にどう思われているのか、まったく耳を貸していないからそうなるとも言えます。つまり、この人はかみ合っていないと思われている事自体を直視できない状況にあるのです。

他人が何を考えているか、どの程度同意しているか、どのような感情でいるのか、そういうことが推し量ることができなければできないほど、どんどん「イタイ人」になる確率は増していきます。

この「イタイ人」は変われるのかどうか、これは非常に大きな問題です。ハーバードビジネスレビューに載っていましたが、人のパーソナリティは20歳までにほぼ形成されるらしく、それ以降はなかなか変化しないそうです。そうすると「イタイ人」が変わるには相当な労力を要する事になります。

よって実際には「イタイ人」とのうまい付き合い方が必要となってくるのです。ある人は「関わらない事を良し」とします、ある人は「叱って直ってもらおう」とします、そしてある人は「追い出そう」とします。

自分自身は、本人が変わりたいという意思を持っている限りは、叱って直ってもらいたいという気持ちでいます。そして自分自身も、自分を叱ってくれる人をとても大切にしたいと考えています。

皆さんは実際この迷惑な「イタイ人」とどのように付き合っていますか?もしよかったら教えてください。