sifue's blog

プログラマな二児の父の日常

こんな時代だから心外無別法の精神を大切にしたい。

最近読んだ本の中で、非常に面白い本があったので紹介ついでに、コラムを書くことにしました。

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

「教育」「いのち」「暮らし」という、国民に責任を負うべき政府の主要業務が「民営化」され、市場の論理で追い回されるようになった時、はたしてそれは「国家」と呼べるのか?私たちはいったいこの流れに抵抗する術はあるのだろうか?単にアメリカという国の格差・貧困問題を超えた、日本にとって決して他人事ではないこの流れが、いま海の向こうから警笛を鳴らしている。(プロローグより)

これが帯に書いてある紹介文でしたが、内容も非常に興味深いものでした。
 

  1. 銀行口座もカードも作ったことが無いほど貧乏なのに超高利子で家を買うことになり、住宅価格の値下がりや支払いで莫大な借金を背負うことになったサブプライムローン貧困層
  2. 貧困のためフードスタンプで暮らし、低価格・低栄養価で高カロリーのものしか買えないがゆえにおこる国民的肥満
  3. 民営化された連邦緊急事態管理庁(FEMA)のために救助してもらえず、犠牲者となったハリケーン・カトリーナによる難民
  4. 盲腸の手術費用が196万円もなるような高額医療費のために、体調を崩して一気に貧困層となる元中流層の人々。そして独占された大手保険会社の保険金が払われない現状。
  5. 「落ちこぼれゼロ法」という名の裏口徴兵政策。学資ローン返済のために徴兵され、帰還後は精神障害を負ってホームレスに。
  6. トラック運転手の人材派遣と思いきや、勤務地はイラククウェートだけ。人材派遣というなの戦争補助に行かなくてはならない人々の生きるための戦争。

 
どの内容も非常に興味深く、統計的資料と実際のインタビューをたくさん交えて、非常に濃い内容でした。ここ最近、新書を7、8冊買った中では一番の当たりだったように思います。
 
どの現象も、これから日本に舞い降りそうな感じで、日本の未来を見ているような気がしてびっくりしました。おそらく、日本の様々な機関がどんどん民営化されたり、移民を受け入れたり、軍事費が増強されたり、医師がどんどん少なくなってきたりすると確実にこのような流れが出てくるんじゃないかと思います。
 
結局、市場競争原理の行き着く先というのはこういうところなんでしょうね。アメリカという国自体が、ある種の実験国家的なところだと考えると、ウェーバーの言うプロテスタンティズムに基づく資本主義のたどり着く部分がこういう所なのかのしれません。そして、貧困層の人たちまで養うために、戦争という商売はやめることができない。アメリカはそれを先行して見せてくれているように思います。
 
ただ日本がそれを追従しているのは間違いないことで、これからどんどん人々が生きるための個々の経済的、社会的戦争というのは激しくなって行くんじゃないかと思います。世界を蔓延する市場原理という名の戦争は、どうやっても止められそうにありません、サブプライムローンのような中流層、貧困層からいかにお金を搾り取るかというような金融商品は、日本にもこれから出てくるんでしょうね。(まあ、日本の消費者金融はすでにそういう風に言われていますが…。)
 
自分は生命系出身なので、地球という大きな生態系で考えてみると、これらの市場原理というのは、増えすぎた人類が、地球という物質的な制限(食料・水・資源問題)によって、経済という社会的な制約を経て、人口を減らそうとしている過程のようにも見えてしまいます。
 
そう考えると、生き残るためにこの戦いに参加しなくては行けない、そのような風にも考えられてしまいます。ただ個人的には、日本にはそのまま米国に追従して欲しいとは思っていなくて、日本には日本的なやりかたもあるのではないかと思います。省エネとかとも通じる考え方もありますが、豊かな生活にある程度制限を設け、賢く生き、地球という限られた資源を有効に活用しながらも、世界的にうまく競争力を保って行く、そんな方法です。
 
ちなみにこの本の中では、
「受け身の消費者から選択する市民へ」
そういうそれぞれが賢い市民となる方法が一つの解だと書いていました。自分もその意見に非常に同感します。
 
これから50年で日本の人口は半分になり、そして世界の人口も減って行く流れになるとは思います。たぶん、世界が今まで味わったことのない社会的変化が、今この地球におころうとしています。そしてそれは人類にとって非常に大きなストレスとなるのは間違いないでしょう。どんな高等生物でさえも、個体数が減って行く過程はストレスのかかっている過程と言えます。
 
それはさけられない事実として、だからこそ、お金や論理だけでは説明ができない部分が非常に重要になってくるのだと思います。やっとタイトルのところに戻りますが、心外無別法(しんげむべっぽう)の精神が重要ということになってくるのだと思います。心外無別法とは、その言葉のとおり、心のほかに別に法はないということです。仏教の禅宗のことばのひとつです。
 
これから、「お金がないなら死になさい」というようなものを突きつけられる世がやってくるのだとすれば、そのような人ができるだけ少なくて済むような世をうまく作って行かなくていけないと思っています。その人たちの心を踏みにじれば、アメリカと同じような一部の裕福層が貧困層のテロにおびえる世を免れません。それが良い社会だとは自分には到底思えません。個人的には、その人たちの心を踏みにじらず、できるところまでやってみる、という手もあるのだと思うのです。(最近はお金を見て、心を見ずというのが主流ですが…)
 
つまり、賢く生きる人たちが人々におこる社会的なストレスをさけ、個々が賢く助け合えるような状態、そんな所を目指すということです。
 
具体的には、資本主義が落とした無駄を極限まで減らし、頭を使って、資源もエネルギーも無駄にはしない生き方。資本を使わないても済む心豊かな生活の構築、コミュニティーの創造、より高付加価値の労働の創造。そんなものを世界に先駆けて行くしかないのだと思います。(政府の人たちがどう考えているかは知りたいところです。)
 
人の心もないがしろにせず、心を法として、この厳しい生存競争の時代を個々が誰にもぶら下がらず、助け合って賢く生きて行く。そんな姿を日本という社会が目指せればと思っています。まあ、そのためにもより高付加価値の労働の創造とかできたら幸せだなぁと思います。
 
まあ、その前に自分が賢く生きて、もっと自分を磨けよという話ではありますが…(苦笑)厳しい時代だなぁ。