sifue's blog

プログラマな二児の父の日常 ポートフォリオは www.soichiro.org

娘が生まれました。〜出産、生まれてから二週間、育児について〜

ちょうど二週間前の土曜日、11月27日に父親になりました。娘の誕生です。
今日は出産〜二週間の今までの時系列と育児について感じたことを書こうと思います。



最初、奥さんが妊娠したときはまさか自分が父親に!という感じですが、今、自分の父親と同じ心持ちを知ってはじめて、自分の父親の偉大さがわかりました。
そして生まれた直後は、奥さん本当にお疲れさま、よくやったね!って感じだったのですが、本当の戦いは今はじまったばかり、ということを実感している今日この頃です。


まず11月27日土曜日の出産の話から。


奥さん朝の5時に破水。普段奥さんは「◯◯(じぶんのあだな)、いったい!赤ちゃんがお腹蹴ってる!!」って感じで夜な夜な話しかけてくるのですが、今回はとっても小さな声で「...今破水したみたい...」と、寝ている自分をそっとつぶやいてきて、こりゃヤバいと飛び起きました。


奥さんのお母さんも臨月に入った時から我が家にきてスタンバイしてくれていたので、お母さんも起こしてさっそく病院に電話。破水の状況から、とりあえず病院に来て下さいということだったので、奥さんとお母さんは入院の準備して、そして自分は予め控えておいたタクシーに電話しました。
一番近くにあるタクシーの事務所に電話をかけるも、朝の5時ということもあって営業しておらず、二番目の候補に電話することになりました。妊婦で破水していることを伝えると、「ちょっと時間かかりますが良いですか?」ということになり、20分ほど待ってタクシーが到着。こういう時のために、タクシーの会社は何個か控えておいてよかったなと思いました。


タクシーにはバスタオルやビニールを持ち込んで飛び乗り病院へ。さっそく診察した結果、ベットで陣痛を待ちましょうということになりました。
朝は陣痛室で待っていたのですが、昼前になって病室の準備ができて病室の方へ。まだ陣痛がくるかどうかわからないので、昼には一度お母さんには家に帰ってもらうことにしました。思えばこの時お母さんに帰ってもらったのはよかったと思います。出産の時は、本人もですが、付き添いのひとの体力が持たないこともあるそうなので、適度に交代して休憩する方が良いらしいです。この時にお母さんに体力があったことで産後いろいろ助けてもらえました。



自分は昼ごはんを食べながら、病室でまだ陣痛も来ないかもしれないしと思いながらなんと隣のTUTAYAでDVDを借りに行きました。ちなみに借りたのは「有頂天ホテル」と「交響詩篇エウレカセブン:ポケットが虹ていっぱい」でしたが、これはまったくもって失敗でした。まずDVDプレーヤーが壊れていたのですがそれはおいていて、正直テレビなんて見ている余裕なんてありませんでした。
昼の1時を過ぎたぐらいから奥さんに陣痛がきはじめ、奥さんが尋常ではない痛みを訴えるようになりました。午後4時過ぎには今まで「痛い痛い...」を声を殺していっていたのが「痛いーーーっ!あ゜ーっ!」と大きい声が抑えられなくなってきました。ちなみにこの後の出産までのことは奥さんはあんまり覚えていないようです。
自分はその際も、ずっと手を握ってあげていたのですが、尋常じゃない力で爪を立てて握られたりするようになってきて、これは自分の腕が持たないということになり、爪切りを走って買いにいってきました。付き添いされる男性の方は予め奥さんの爪を切っておいた方が良さそうです。


夕方6時にはもう歩けなくなるからと陣痛室に入り、助産師さんからは「明日の朝方ぐらいかも...」と言われてこちらも覚悟を決めました。



それからは陣痛で苦しむ奥さんとふたりきりで、ずっと陣痛室で、陣痛の痛みでいきみすぎたり出産の体力を使ってしまわないように体をさすったり、はげましてあげたり、押さえて欲しいところを押さえてあげたりしていました。
陣痛の合間に、奥さんは気絶するように横になって一分間ぐらいの眠りにつくので、そのタイミングで自分に突き刺さる奥さんの爪を切ったりもしました。
このまま陣痛の痛みと朝まで戦うのかなと思っていた矢先。夜9時に子宮口が十分に開いたことを確認し、すぐ分娩室に入りました。



そして、夜9時39分。無事娘が誕生しました。



あまりに、陣痛が壮絶だったこともあり、娘の誕生もうれしかったのですが、それ以上に奥さんへの感謝でいっぱいでした。女性の偉大さを感じました。



そして生まれた娘を見せてもらい、この娘が成長して自分をお父さんと呼ぶようになるのかなと思うと自然と涙が出ました。そして、こういうふうにして生まれてきた自分を、こんな気持ちで見ていたのだなという両親に対して、心から感謝しました。
家族が増える喜び、命は尊いなという気持ち、そこに居てくれるだけでありがたい命の存在を初めて知りました。


それからお母さんと合流し、赤ちゃんは預けて疲れきった奥さんを看病。その日はもう終電がなかったのでお母さんといっしょにタクシーで帰宅し、翌日に備えました。以上が出産の日に起こったことでした。
結果としては奥さんの体力が十分にあったおかげもあり安産でした。なにより母子ともに健康だったことがうれしいことでした。


それから一週間の間、我が家には自分の母親が家事の手伝いに、奥さんのお母さんが看病にといろいろな協力もあり、先々週の金曜日に無事退院。我が家での育児がはじまりました。ちなみに両母親とも一旦帰宅してして、今週は奥さんと自分の二人で育児をやっています。


基本的には新生児ということもあり、生後三ヶ月は三時間毎の授乳またはミルク、そしておむつ替えと数日に一度の沐浴をするというのが日々の育児になります。



本当に育児大変ですね。


もう既におむつを何回も変えてますが、紙おむつがすごい発明であることを感じます。赤ちゃんが着る服の洗濯の際に、うんちのついたおしめの洗濯があったりすると本当に大変です。これがないおかげで洗濯が本当に楽です。あと、最近はおむつ専用のゴミ箱「におわなくてポイ」が大活躍しています。
http://www.aprica.jp/products/indoors/diaper/09001_6
これがあってよかった。紙おむつを気兼ねなくどんどん消費できます。


加えて、育児アイテムの中で最も感動したのが、ミルトンです。あのCMでよく見る、浸けるだけで消毒、すすぎ不要のやつです。これがないと、煮沸消毒して滅菌保存しなくてはならず昔やってた細胞生物学の実験の時の洗浄処理(界面活性剤洗浄→milliQ洗浄→オートクレーブ→滅菌保存)のように、多くの手間をかけなくてはいけません。
http://milton.jp/pc/index.html
本当に便利です。これでどれだけ手間が節約できているか...。


ちなみにミルトンの主成分は、次亜塩素酸ナトリウム(NaOCl)。ミルトンの薬液を80倍希釈して哺乳瓶消毒に使うときは、大体137.5ppm(W/V)の次亜塩素酸ナトリウム(NaOCl)水溶液となります。LD50(50%致死量)が12mg/kgなので赤ちゃんの体重を3kgとして36mg摂取には、260g(≒260ml)ほど飲料しないかぎりは大丈夫。新生児の赤ちゃんは一度に飲料できる量が40ml〜60mlということを考えると滅菌効果考えて絶妙なところを狙ってきているなと感じます。


ちょっと話はそれましたが、これだけ大変な育児をやってくれた両親には本当に今さらながら頭が上がりません。自分が生まれてくるのにこんなに手間と労力がかかっていると思うと、両親への感謝が日頃足りなかったなぁと学生時代を振り返る今日この頃です。



あと、娘が生まれていろんな親戚の人が会いにきてくれました。本当に親戚一同には感謝です。最近親戚が集まるのが葬式が多かったので、幸せな気持ちで親戚が集まれるのは本当にうれしいことです。人生の中で自分のためだけのために多くの人が集まってくれるのは、冠婚葬祭とこの生まれたタイミングなのかなと思います。


生まれるタイミングも死ぬタイミングも母親と二人だけとか、ひとりだけで死ぬというのは本当に大変だし、辛いものなんだろうなと思います。そうならないためにも家族は大切にしないといけないと感じました。


まだまだ書きたいことはあるのですが、今回はこの辺で。
これからのこのブログは、プログラミング以外に育児もひとつのテーマになりそうです。
これは先程の写真です。ブログも娘の寝ている寝ているスキに執筆中。